その町には花に囲まれた金色の少年がいる。
















「おはようございます」


彼はいつもそこにいた。
小さな少女に
初老の男性に
身籠った女性に
勝気な青年に
老若男女関係なしに贈られる花々に囲まれて。


そうして己も片手に持つ花束をゆるりと差し出す。すると彼はぱちりと目を瞬かせ、それから花束を受け取った。青い薔薇のみで構成された花束に顔を寄せ、彼は香りを体内に取り込む。ふっと目許を緩めつつ、白い指で一輪を引き抜く。そして色付いた唇を開き、花弁を口内へ導いた。花弁を食むと同時に幾枚かの花弁が地に落ちていく。ひらりひらりと揺れ降りるそれらを視界に映し込みながら脳内に景色を焼き付け焦がし、一枚の絵画に写真にしかし現実と刻む。
花を食み終えた彼は伏せていた瞳を此方へ向け、ただ真っ直ぐに私を射抜いた。…いつも思う、今この瞬間、彼が私を見て私が彼を見ているこの瞬間に呼吸が止まってしまえばいいと。嗚呼そうだ、今は心音すら煩わしいのだ。


彼は残った花を自身の傍らに優しく置き、じぃっと此方を見つめる。見つめる。
やけに渇く喉を認識しながら、私は声帯を震わせた。告げたのはひとつの曲名。夢物語のような時間の中で果たして私の声は彼に届いたらしい。彼はふんわり笑んだ。笑って、くれたのだ。毎日飽きもせず同じ曲名を告げる私がおかしかったのだろうか。
光に映える金糸を揺らして彼はゆっくりと息を吸い込む。花を食んだ唇が再び開いたその時にだけ、私は彼の声を聴くことが出来るのだ…いや、正確には誰も彼もそうで。

小さな少女に
初老の男性に
身籠った女性に
勝気な青年に
老若男女関係なしに



花を贈ると一曲だけ、歌をうたってくれる少年。
彼はそれ以外では決してその唇を開かない。
一日に一曲。花は枯れる前に彼の体内で香りを散らす。


誰も彼の名前を知らない
誰も彼の歌以外の音を耳にしたことがない
誰も彼が本当に人間なのか知らない

誰も、誰も、



(彼は…とても残酷に平等な子だから)





明日は、明後日は、彼にどんな花を贈ろうか。そんなことを毎日考える。一番栄養のある花とはなんだろうと以前一日考えていたことをふと思い出して苦笑がこみ上げる。


私は明日も明後日も、それこそ何年だって此処に毎日通うだろう。
彼が此処にいる限り、私が息絶えるまで、





その町には花に囲まれた金色の少年がいる。
けれどそのことを知るのはその町の人間だけで。

そして一日と欠かさず少年のもとに通う銀灰の男がいた。
けれどそのことを知るのは金色の少年だけだった。




















そうだ…それを、ひとは恋とよぶ



***


風菠さんへ相互記念として捧げさせて頂きますジャファアリです。どちらも名前が出ておらずあやふやですがジャファアリです(笑)

花を食べて生きる人間かどうかも分からないアリババくんに恋するジャーファルさんのお話です。非常に分かりにくい話で申し訳ないです!

それでは本当にありがとうございました。

(針山うみこ)